memorandum-20220625

ここ2ヶ月くらいの最近の観たもの、聴いたことのメモ①
(色々と観たり聴いたりした2ヶ月だったので3回くらいに分けて)

今年のはじめに満月カルテットのライブでご一緒した、杉本亮さんのアルバム『Fragments』を聴く。スピーカーで小さめの音量でかけておくと、遠くでオルゴールが鳴っているかのような心地良さを感じる。良い意味で(と、あえて付け足したいですが)BGMにもできる感じが、グレングールドと同じだと思った。ソフト音源のパラメータを徹底的にチューニングするコンセプトは、生ピアノが制約上使えない場合の代替手段としてのMIDI音源に積極的な価値を見出している。コンサートの代替手段としてのスタジオ録音に同じように価値を見出したグールドと、そんなところも似ていると思った。それからパラメータを徹底して追い込む姿勢も。


5月23日、鈴木彩文さんと遠藤ふみさんのデュオ@水道橋Ftarriにて。静謐なテクスチュアから浮き上がる音色の美しさはもちろんのこと、おふたりとも、とても慎重かつ丁寧に音を選ばれていた。そしてその音選びを可能にする確かな耳を感じた。遠藤さんのピアノは以前、神保町の試聴室で聴いたときに、ここまでピアノは繊細でか弱くなれるのかと静かに感動した。そして帰り道には連想ゲームのように、カートヴォネガットの坑道のカナリアについて考えていた。


6月3日、奏楽堂でリゲティを聴く。特にロンターノとアトモスフェールはずっと生で聴きたかったので良かった。どちらも音源から想像するそれより、ずっと繊細だった。それからチェロ協奏曲も(こちらは編成も意外と小さかった)。反復運動で音を敷きつめるチェンバロのためのコンティヌウム、あるいは100台のメトロノームを同時に鳴らすポエム・サンフォニック、どの曲も一貫して音が密集する様子がリゲティワールドを展開していた。


6月9日、音楽の捧げ物@日暮里サニーホール。奥行きと幅を同時に感じる立体的なプログラム。ピアソラやヴィラ=ロボスを経て聴くバッハは、西洋音楽の正統性ではなく、むしろ場所や時間の外側にあるような感覚だった。小さめの響く空間で聴くアコーディオンの音色に魅了される。それは小さなパイプオルガン。


6月17日、日暮里の元映画館で演劇企画ニガヨモギ〈バラと飛行船〉観劇。元映画館という名の通り、およそ30年前まで映画館として使われていた建物。満月カルテットの公演などもできるのではないかと想像した。劇は様々な暗喩の影に骨太な芯が見えて良かった。そして最後の最後でスタイリッシュな抽象を捨てて軽やかに羽ばたくシーンが印象的。