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人生フルーツ

ポレポレ東中野で『人生フルーツ』を観た。

建築家として高度経済成長期に経済合理性の中で叶わなかった、理想の暮らしとその実践がいま注目を浴びていることは「スローライフ」の文脈に回収することもできるかもしれない。

ただ、中盤からはそんな理屈とは関係のない水準で頬を伝う涙が止まらなかった。

この映画はスローライフ推奨や田舎暮らしの礼賛ではない。
純粋な、身の回りの物事を原始に立ち返り丁寧に向き合う誠実な生き方の姿なのだ。

果物や野菜ひとつひとつ、あるいは小鳥の水場となっている水盤に立てられた小さな黄色い看板。

私たちは、そうやってひとつひとつの物事に、あの黄色い看板を立てることができているだろうか。

http://life-is-fruity.com/

Happy New Ears!

昨年は大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は、静かの基地として担当した映画音楽に始まり、春から梅雨にかけてSaravah東京でのピアノソロと教育関連の広告音楽。夏から冬にかけて静かの基地のレコーディングとリリース準備、年末は映画音楽(もうすぐお披露目!)。一度きりではなくこの先も続く出会いや試みに、今年も非常に楽しみにしています。

昨年末の大掃除(結局、途中で中断したのですが)で初めて断捨離というものを敢行しました。
なにぶん、あまりにも捨てられない性格なゆえに中学生の時にライブハウスでもらった謎のメロコアバンドの缶バッジなんかも全て無造作に仕舞ってある有様なのです。

捨てるか捨てまいか、と化石(例えば2009年のツタヤで借りたレシートを眺めながら、ああ震災前のレシートなのだなあと思ったり)と向き合う中で、結局不要すぎるものは捨ててしまったのですが、古い物に喚起されて立ち現れる過去はどれも反省が入り混じって、それはそれは感傷的なひと時でした。

大掃除のお供としてずっとラヴェルばかり聴いていたのですが、お気に入りのひとつが古風なメヌエット(Menuet Antique)。

そしてふと、私もここ最近古めかしいものへの興味が芽生えているな、と思ったのです。例えば、夏のレコーディングで訪れたecho and cloud studioの松井さんが乗っていらっしゃる素敵な(しかし、それは古めかしい)ボルボの車。2月のライブで演奏予定の古いピアノ(100年ものとのこと!)。たまに行きたくなる渋谷の名曲喫茶ライオン。そして、突然ハマったペリカンのおもちゃ万年筆。

けれど、古い車にはない最新テクノロジーで防げる事故もたくさんあるし、私だってiPhoneを持っていて、音楽はLogic Proでこしらえています。ただ、古いものと向き合うことはテクノロジーと向き合うことのコインの裏表のようなもののように感じるのです。(ラヴェルがいにしえの音楽に関心を持ちながら新しい音楽を作ったように)

故きを温ねて新しきを知る。音楽は道のようなもの、今年も邁進してまいります。

まずは、今年は静かの基地のアルバムが発売になります。
演奏活動は2月から。もうすぐアナウンスできるはずです。

ダンス・ダンス・ダンス / 眞田風雲録

様々な国の音楽を紹介するサイトbeehypeにて、「静かの基地」でコーラス参加した毛玉というバンドのアルバムが紹介されています。
http://beehy.pe/kedama-shiawaseno-maho-japan/

コーラス参加曲「ダンス・ダンス・ダンス」のPVも素晴らしいので、ぜひご覧ください。

 

昨日は青年座スタジオ公演「眞田風雲録」へ。
音楽劇ということで、ステージ奥には生演奏のトリオ。
(緊張感が持続した見応えのある舞台でした。)

静かの基地、少しずつアルバムお披露目に向けて準備中です。

『静かの海』のこと

田村凌一さんの監督作品、『静かの海』がYoutubeで全編公開されている。

音楽は私と関向弥生さんのシーンごとの分担。
私も台本の読み合わせから立会い、熟考を重ねた音楽だった。

教室で女の子が教科書を読み上げるシーン。
表面上は穏やかな学校の生活だが、そこで読み上げられているのは宮沢賢治の無声慟哭。

この映画を前にして、小手先の技術から作られる音楽には何の力もないことに気づいた。

よくできただけの音楽を離れて ひと月の間、静かの海と向き合って
やっと書けたテーマは ドとレの 短2度。 それだけだった。

とり・いぬ

先日、鳥がテーマのグループ展を観に恵比寿のギャラリーまぁるへ。

(またしても筆が遅く、先週末までの会期でした・・・)

ガラス絵や版画など様々な方法で色とりどりの鳥が表現されていて、中でも印象深かったのはトリノコさんのヨガするハト。

バターミルクペイントという自然塗料、はじめて見たのですが非常に優しい色彩でした。

その後、秋めいた風に誘われて恵比寿からゆっくり表参道まで歩き、malamuteの展示会へ。

ニットの質感がどことなくバターミルクペイントにも通い合うように思いました。そういえば、malamuteのデザイナー小高さんは静かの基地のライブにお越しいただいたこともあるそう。バターミルクペイントやニットのような、やわらかいピアノが弾けないものか、とぼんやり考えるのです。

繊細で綺麗なひと、ものに触れた1日のこと。

7月のレコーディング

 7月、静かの基地としてはじめてのアルバムのレコーディングをecho and cloud studioにて行いました。このアルバムには石川高さんに笙と竽の演奏、朗詠と全面的にご協力いただき、豊かな音像に仕上がっています。(笙や竽という楽器のこと、朗詠のご紹介はまた今度)

 一部を除き、ほぼ全ての曲が田中・堀坂・石川の三者による一発録りです。緊張感の伴うレコーディングでしたが、エンジニアの松井敬治さん(the primrose)が綺麗に録ってくださいました。

 アルバムのことを今日から少しずつ発信していけたらと思います。まずは、スタジオのこと。

 せっかくレコーディングするならば、無菌室のようなスタジオよりも、代替できない場で録りたいと思っていました。echo and cloud studioは閑静な住宅地の一角にあり、陽の光が差し込む、ゆっくり深呼吸したくなるような場所。確かに爆音での演奏はできないし、外をバイクが通りかかればやり直し、なんていうことも。けれど代わりに今作では小鳥たちのさえずりがこっそり収録されています。

 この録音に対する姿勢は昔から大事にしてきたこと。その根拠となるのは、サウンドスケープという思想。サウンドスケープとはフィールドレコーディングに始終するものではなく、音の意味を見つめる姿勢そのもののことなのです。

 ところで、松井さんはエンジニアではなく本業はアーティストの方。

 

 What A Wonderful Worldの歌詞がなんだかスタジオでのひと時に通じるように感じるのです。

Memorandum#2

いま愛用している小川哲さんのデザインされた和綴じノート。ノドにキリトリ線が入っていて、ユニークな使い方ができる。方眼ではなくドットである点も使い勝手がいい。

こんな素敵なノートを見つけたのは、西荻窪FALL4月に開催されていたポップアップショップ「耳と目のためのフラジャイル」。(会期中にご紹介しようと思ったのにすっかり夏になってしまった、、、!)主催されていたのは、小川さんと音楽家の津田貴司さん。

津田さんは以前、わたしの自主企画「てとおと」にご出演いただいたこともありました。どうしても表面上は穏やかな音楽なので、一般的には「癒し」とか誤謬に満ちた「サウンドスケープ」という言葉でカテゴライズされてしまうこともある津田さん。だけど、その奥に潜む厳しさを聴きとることが何より重要なのだと思う。

79日、吉祥寺のLiltという小さなバーで津田さんのユニット「星形の庭」単独コンサートがあった。
http://d.hatena.ne.jp/hofli/20170531
(こちらも公演前にご紹介しようと思ったのに、、、、!!)

おしゃれな古着を着た女の子から音楽マニア風なおじさままで。大盛況の会場の中の多様性が津田さんの音楽の射程の距離を物語っていたように思う。

静かの基地は録音を終えて鋭意ミックス作業中。
レコーディングのお話は、また今度。

Diary_Jul 11, 2017

明日は静かの基地のレコーディング。昨日はそれに向けて最後のリハーサル。

Memorandum

先日、友人の結婚式に参列した。Aくん、Kさん、心よりお祝い申し上げます!

これは式とは直接関わりのない会場の進行役の方のことなのだが、ファーストバイトの解説はそろそろ御役御免なのではないか。新郎から新婦へ「一生食べるものに困らせない」。新婦から新郎へは「一生美味しいごはんを食べさせる」。

これがロマンチックだとでも言うのか。

目くじら立てるほどのことでもないが、瑣末なこととも思えない。旧弊なままだよなあ、という違和感。

くままでのおさらい

少し日が経ってしまいましたが、先日観た舞台のこと。

舞台「くままでのおさらい」は、井上奈奈さんの絵本を原作として舞台化したもの。絵本を読んだことのある方はきっと、どんな風に舞台になるのだろうと気になったはず!

そして舞台の解釈は、とてもハピネスで崇高なものでした。
(物語の最後、うさぎと人間という生命の異なる時間軸が架空の水準で合うのですが、ここが本当に秀逸。)

これは「私」と「他者」との境界線のお話。
そして、どんなに愛していても私はあなたにはなれないのだ、というお話。
くまは恋人を「ぱくぱくごっくん」しても、やはりくまのままだったのです。

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