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Memorandum May 16

12日、caricolakeさんにお誘いいただき三鷹のおんがくのじかんに出演しました。

静かの基地も少しずつ新しい形になってきて、cariocolakeさんの3vocalも聴いていて楽しく、 おんがくのじかんも雰囲気や店主さんの人柄含めてとてもいい場所でした。

おそらく、おんがくのじかんへの出演は7年振りくらいだったのです。
(たぶん毛玉の黒澤さんたちと#NULLというバンドで出演したのだったと思うのだけど記憶があいまい。)

お誘いいただきありがとうございました!

静かの基地でギターを弾くようになりました
終演後にcaricolakeのみなさまと

Homebrew Music

caricolakeさんにお誘いいただき、三鷹おんがくのじかんに出演します。
(お知らせが寸前でごめんなさい、、、)

静かの基地は歌多めのセットに挑戦です。
たぶん音は以前より柔らかく、色彩が豊かになりました。

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最近のこと。

5/3
manateeというバンドで一緒に活動しているwhooくんがソロライブをするので鍵盤ハーモニカとギターでサポートに入りました。

吉祥寺Warpがいっぱいになるほどの大盛況だったのですが、ネットで活躍している方々による企画ということもあってお越しいただいたみなさん物腰柔らかくて優しそうでした。

大学生の頃に出入りしていたライブハウスは、だいたい煙草を咥えていたりお酒を片手にどこか危ない雰囲気が漂っていたのですが(それはそれで好きな文化です)
やっぱり演奏していて優しい雰囲気に包まれるのは良いものだな、と思ったのです。

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liltのコンサートより抜粋

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Parallel Musicの一部抜粋したものをInstagramにアップしてみました。

Thanks for coming – Parallel Music –

4月20日のParallel Music、お越しいただきありがとうございました。

写真をまったく撮っていなかったので、代わりにリハーサル後のセットの様子。

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要塞築きました。19:30より吉祥寺Liltにて

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ピアノのまわりが要塞と化しています。
しばらくライブでコンピュータを使っていなかったので、久しぶり。
やっぱりコンピュータが隣にいると演奏に集中できないなあ、と思いつつ、、それでも今日はどちらもなければ成り立たない演奏だったのです。

アップライトピアノは消音のためのフェルトを落として演奏してみました。小さな音をマイクで増幅したのですが、カコカコとハンマーの音が響いて顕微鏡でピアノの中をのぞいているようでした。

ところで、小さな音は緊張感を生みますね、、、演奏する方も、おそらく聴き手にとっても。小さな音は聴き手から主体的に聴取しようとする聴き方になるのですが、その分サルベージのための仕掛けも一緒に用意しなければ、と思ったのでした。

あまり演奏中にMCを挟むことができなかったので、内容について振り返りを兼ねたメモ。

前半は「sculpture musicale」と題してピアノの小品。
展開がやってくる前に終わってしまうような作品たち。
静かの基地でやったようなアブストラクトな音響をピアノひとつで形造れないか、という試みです。

後半、まずはループシステムを使った即興演奏。
(そして久しぶりにクラシックギターも弾いてみたり)
最後の2曲は書かれた言葉のイメージから言葉にはならなかった部分を最低限の音符で表す試み。

Cの音がひたすら反復する曲はウィリアムブレイクの「無垢の予兆」から。
グラニュラーシンセシスによるピアノ変調する曲はタゴールの「百年後」をもとに。
どちらも今製作中のソロアルバムの断片です。

さてさて、平石博一さんのセットはさすがでした。
最後リズムが入ってきた時はもうじっと座って聴いているのがシュールに感じられるほどかっこよかったです。

次は5/12に三鷹の「おんがくのじかん」というライブハウスにて、caricolakeさんにお呼びいただき静かの基地で演奏します。つきのふねからの船出のとき、こちらは歌に挑戦です。

それとサポートですが、5/3に吉祥寺WARPにてChill Chihuahuaというイベントでwhooくんの後ろで鍵盤ハーモニカやエレキギターを弾きます。ドラムの高木くんとミニマナティ編成。

Thanks for coming “musica universalis”

先日は静かの基地コンサート「Musica Universalis」お越しいただきありがとうございました。

日の入り開演、徐々に窓の外が闇に染まる宵の移ろいを感じながらピアノを弾くひととき。会場のカフェLiltだからこそ感じられるものだったと思います。

今年のコンサートはこれでおしまい。
来年は演奏の機会も増えてくると思います。

ちなみに、コンサートでギターを弾いたのはおそらく黒澤さんとデュオをやっていた頃以来なので7年振りくらいです。まだまだ修行不足、鈍った腕はすぐには戻りません。再びギターをはじめた動機は、おそらく音色に対して私が寛容になることができたから。

(目下のテーマは「移ろい」です)

With

128()、青山の月見ル君想フにてwhooくんのソロコンサートに出演します。

演奏はManatee楽団。私はキーボードやメロディオン、鉄琴など。音色に華を添えられるように練習中です。

Twitterを見てみると、このコンサートを待ち望むたくさんの方々、あるいは新幹線のチケットを手配されている方もいらっしゃるみたいです。

最高のステージを用意してお待ちしております。

 


最近の試みは再びピアノソロ。

音色の余白、次につながる音がひとつの道筋だけではなく自由に広がるような

あるいは水彩画のように音の隙間をぼかす、笙の手移りのように。

1216()は吉祥寺のカフェLiltにて、久しぶりに静かの基地のコンサートもあります。

開演は日の入りから。詳細は追ってお知らせできればと思います。

きっかけ

ふと、文章を書いてみたくなった。
6年くらい前までは、毎日のようにSNSやブログを更新していた。

それがすっかり、ほとんど何も書かなくなった。
ある時から、言葉にすることをためらうようになった。

書こうとしても、書いては消すの繰り返しだった。
ひとつひとつの単語や言葉の並びを強迫的に確認した。

それは作曲でも同じだった。
心がすり減って、何も手につかなくなった時もあった。

それが少しずつ、自由に言葉にすることができるようになってきた。
音符もだんだん自由に書き連ねることができるようになってきた。

すっかり目を通さなくなったSNSも時折開いてみる。
以前にも増して言葉を発することが苦しくなる空間だと思った。
近くのことばかり考えて、遠くのことを考える人が少なくみえる。
きっと設定すれば取捨選択ができるだろうけど、自分の好き好んだ言葉や物だけでなく、有象無象のすべてが詰め込まれた空間が、やっぱり異様なものに思える。

それでも、丁寧に言葉を選んで、無駄なものはできるだけ少なくして、
そうやって何かを書いてみるのもいいのではないかと思った。

それでさっき、twitterに短い文章をふたつ投稿してみた。

“きっと、作家にだって出版するための文章と、誰にも見せない自分だけの(あるいは特定の誰かに向けた)文章があるはずだ。例えば日記帳や恋文のように。そうやって内発的に動機付けられた作曲、というものをそういえば書いたことがない。音楽に独り言はあるのだろうか。”

“公開することが、聴いてもらうことが、恥ずかしいという作品もある。それが作品の完成度に納得していないからなのか、それとも大切なものほどに人前に出したくない気持ちなのか、たまにわからないこともある。”

物事を考えれば考えるほど、人前で演奏する意義を失い、誰かが書いたものとそうたいして変わらない音楽を書くことが無駄なことに思える。

それを私は、いったん判断停止(エポケー)にすることにした。

ひとりで部屋で五線紙を書いても音楽は成立しない。
部屋でひとり演奏することも、練習のようなもので音楽とはすこし違う。

だからといって、声高らかには歌わないようにしようと思う。
慎ましやかに、微かに、掠れるように。

Thanks for coming to our release party!

先日は静かの基地「つきのふね」発売記念コンサートにお越しいただきありがとうございました。
(ご挨拶までまたすこし時間が空いてしまいました・・・)

お越しいただきましたみなさま、3日満月のおふたり、松井敬治さん、saravahのスタッフのみなさま、飯塚さん、ほんとうにありがとうございました。

レコ発の船出として3日満月のおふたりに演奏していただいた『帆』が本当に嬉しかったです・・・

 

静かの基地としては一昨年の9月以来のライブ。

亀の歩み、牛の歩み。

この道が正しいものであるか、問いかけながらすこしずつ進んでまいります。

Under the mat

2月に絵本と朗読のコンサートをさせていただいた中目黒のカフェ「Under the mat」が朝日新聞の記事になっていて、ご紹介しようと思ってすっかり時間が経ってしまいました。。。

http://www.asahi.com/and_w/articles/SDI2018041871591.html?iref=sp_ss_date

古いピアノ、たくさんの絵本とぬいぐるみ。おとぎ話のような世界だけれど、雑居ビルの2階にひっそり佇む様はとても慎ましやか。

コンサートも、繊細な気づきに満ち溢れたものになりました。

ところで、コンサートで朗読を担当してくださった平岡美保さんは、劇団の役者さん。

http://www.bull-japan.com/

子どもたちもたくさん見にきてくれて、すこし特殊な音楽もあったけれど興味津々に聞いてくれて嬉しかった。

コンサートの日は、桜はまだ早いね、なんて話していたのがつい昨日のことのよう。

もうすぐ初夏の気配、季節はめぐりゆきます。
(年月は新たなれども人は古りゆく)

アンコールワット

先日、代々木にある「アンコールワット」というカンボジア料理専門店に行ってきた。お店の外観から相当に本場の味なのではないかと思ったが(そして本場の味を知らないので比較できないけれど)私たちの舌にも合う、とても美味しいお料理だった。

アンコールワットもそうだったのだが、インドカレーをはじめとする外国の料理屋さんは多くの場合、その国から従業員が働きにきていることが多い。そして彼ら・彼女たちはたいていにこやかに働いているものだ。

海外から働きに来る人はみんなにこやかに働いているものなのか。そう思ってみると、牛丼チェーンでは実につまらなさそうに不機嫌そうに働いていたりする。(私がそれで嫌な思いをしたりすることはないのだけれど)ただ、どうせ働くなら楽しく働いた方が幸せだろうな、と思うのだ。

どうせ働くなら楽しい方がいい。ただ、みんなが毎日をアンコールワットの店員のように楽しく働いて過ごせるものではない。むしろほとんどの人が毎日大変な思いをして働いているのだ。お酒を飲むのは楽しくて好きだけど、金曜の終電には一週間の辛さの変容が垣間見えて、すこし切なくなる。

さて、作曲も同じなのではないかと度々思う。芸術家の苦悩が礼賛されることが多いが、苦しむよりは素直に作れるものの方が良い。もしかすると、辛い思いをしてこしらえた作品は受け手にも不愉快な思いを与える可能性だってあるのかもしれない。

Manatee

Manateeというアンサンブルを仲間と作り、昨年から少しずつ練習を重ねている。正式に動くかわからなかったので書いてはいなかったけれど、もう夏前にはお披露目できる水準になってきた。

アンサンブルをはじめようと思ったきっかけは、去年の夏「静かの基地」のレコーディング。クリックに合わせて録り重ねるのではなく、同じ時間を演奏で共有するという体験が、演奏すること・音楽をつくることの原点に立ち返る試みへと向かった。

DTMで誰でもソフトシンセを立ち上げてオーケストラでもロックバンドでも作れるようになった。それはフランケンシュタインのようなものだ。別に広がる可能性があると思う。

練習の折、渋谷のサイトウスタジオが3月いっぱいで閉まることを知った。リハスタだけど機材を持ち込んでレコーディングに使ったこともあった。おそらく、まだ学生の頃。帰り道、宮益坂を下るとヒカリエの向こうに大きなビルが建っていた。昔、東急百貨店の屋上で動くパンダのおもちゃに乗る子ども達を横目にのんびり過ごすことにハマっていた時期もあったが、今はもうない。なじみの街の景色も書き換えられてしまう。

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