Author: shintaro tanaka (Page 1 of 3)

倹しく

長い間、ぼんやり考えていたことを少し。

いま、清貧を金科玉条とする人がどれだけいるだろう。と、書店の平積みや広告を横目に時折思う。これだけ富が一部に集まると、その一員に加わりたいと思うのか。「人より先に職を求めんとし、人より先に富をつくろうとする」(永井荷風・濹東綺譚)ことに躍起になっている。老子の教えは、世の人の先に立たず倹しく生きること。

尾を泥中に曳く(荘子)宮仕えよりも、静かに生きること。人知れず泥の中に尾を曳く亀のように。沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん(孔子)。しかし政治に対し積極的参与を勧めないからといって、皆が出家したり田舎で農業に従事するべきだというのも、それで皆が(社会が)うまくいく訳ではないので、何事も付かず離れずで丁度良いのかもしれない。

お金があれば欲しいものが買える。欲しい物の多い人は、買えども買えども新しい欲しい物に苛まれているようにみえる。本当の自由とは買わなくても済むことだ。人は買った途端に幻滅するから次々とアップデートしてゆくのがマーケティングの基本らしい。次々と新しい物で消費者を捕らえて離さないのは監獄のようなものだが、無意味に新しい物を量産しなければならない宿命は音楽家も同じことだ。

私は健康でいられればそれでいいかな(しかし健康であるためにはそれなりのお金が必要だ!)。肥えた豚にはなりたくないが、飢えたソクラテスにならなくてもよい。

今年は、堀坂有紀とのユニット「静かの基地」のための作曲がメイン。アルバム制作が進行中で、田村凌一さんの新作映画も「静かの基地」で担当した。

作品をつくる度に、過去の自分と比較しては変わらないことをやっているのだと感じる。そうやって同じ円をぐるぐると回っているが、円そのものを書き換え、アップデートしてゆく。先ほど書いた次々と新しい物をつくるのも、同じことなのかもしれないと書いていて思う。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

季節のめぐりも、円運動のようだ。

〽︎冬過ぎて春し来れば年月は新たなれども人は古りゆく

寒さをぶり返しながら、少しずつ春の気配ですね。インフルエンザがまわりでもはやっています。みなさまご自愛ください。春まで、あと少し。

12月の作曲

Gathered Petalsをリリースして、もうすぐ2年。その頃に考えていたことは、今とはすこし異なるので、Gathered Petals#2と題してピアノソロ第二弾を作曲していました。結果的には、アップデートを試みるつもりが、同じことをしていることに気づいてすべて破棄。そんな師走の作曲だったけれど、Petals#2の予告だけは書いてしまおうと思います。ピアノソロはひとつのライフワークのようなものなのです。

Arve Henriksenというトランペッターのアルバムを聴きながら、身体から離れずに作曲する方法について考える。作曲してしまうと、身体からすこし距離ができてしまうように感じるのです。身体に委ねて演奏するための方法として、モートン・フェルドマンのアバウトな楽譜や高橋悠治さんの断片を選んで弾くものもの、ケージのタイムブラケットなどを見返してみる。弾いてみる。Petalsも、「身体」をひとつのキーワードとして考えてみる。

石川高さんに笙の演奏法や朗詠について、ご説明をいただける機会に恵まれました。石川さんは笙の演奏家ながら、古典だけでなく外の世界にも精通されていらっしゃるので、メシアンの「我が音楽語法」の話で盛り上がったり。伝統音楽を楽理的に分析しようとしてしまう私に、石川さんから至宝の一言。伝統音楽は、その音楽が演奏されていた時代のことを学ぶことが理解につながりますよ、と。そういえば、その頃の暮らしや価値観に思いを馳せて、源氏物語や枕草子を読んだこと、なかった。博学な石川さんからは、七夕のことも教わりました。なぜ、「七夕」で「たなばた」と読むのか。乞巧奠や棚機女の話。それから、石川さんがシュトックハウゼンの「歴年」という邦楽器のための曲を演奏したときの話。

BGMを担当したアプリが人気なようで、うれしい限りです。
メインテーマを公開しました。

 

写真は、その作業中のひとこま。

Checkie! BGM

BGMを手がけたアプリ『Checkie』の楽曲をひとつ公開します。

(各方面で大変好評なようでうれしいかぎりです。。)

Gathered Petals #5 MV

Directed by Ryoichi Tamura
http://ryoichitamura.wix.com/canvas

Gathered Petals #8 MV

“Petals #8” PV
Directed by Ryoichi Tamura

静かの海 特報

松岡 眞吾 三品 優里子 赤羽 駿太 淺野 志織

作/監督/脚本/美術/編集 田村凌一
撮影監督 城田柾
録音/効果/整音 小針沙紀子
美術 古屋ひな子 小野寺陸
制作/衣装 伊藤晴菜
監督補 富田洋史
助監督 三本松晃
音楽 田中慎太郎 関向弥生

イルミネーション

出演 毛利悟巳
詩  伊藤晴菜
音楽 田中慎太郎
MA 小針沙紀子
CG効果 細沼孝之
監督/撮影/編集 田村凌一

空と光

‘空と光’ (Sora to Hikari) directed by Ryoichi Tamura (2014)
音楽から始まる三田映画祭 composer’s vision award受賞

Checkie!

Enfaniから(文字がない!?)持ち物チェックリストのアプリがリリースされました!前作のSUM!に続いて私がBGMを担当しています。メインの音楽は気合いの入ったオーケストラアレンジ。けっこう力作です。

DLはこちらから

かわいらしいイラストは子ども向けに作られたものですが大人も十分に使うことのできる印象。幼稚園児が持ち物をiPhoneのアプリで管理するとは、、、デジタルネイティヴって怖いー!

UPDATE

ジェフ・ミルズの新作アルバム『Planets』の先行リスニング&トークイベントのために科学未来館へ行ってきました。ドームシアターで、星空を借景に太陽系とその距離が映し出され、各惑星を旅するようなかたち。各惑星だけでなく、その”あいだ”も大切に扱われているようです。

“Planets”といえばホルストによるものが有名ですが(正しくは”The Planets”)、彼の作品は天文学ではなく占星術による惑星のイメージを題材にしていることに対して、ジェフ・ミルズの”Planets”は科学の視座に基づいているそうです。例えば、質量や物質的な特徴など。そして科学には新しい発見がつきものなので、作品そのものもアップデートされるとのことでした。実際、冥王星に水があるとわかってから、冥王星のセクションには地球と似たモチーフを後から導入した、とのことでした。

ふと、ブルーノ・ラトゥールが今夏の来日公演で、アーティストが地球を外側からみる視点について話していたのを想起しました。”Planets”も、太陽系という大きな枠組みから、地球はあくまでその一員であることを意識させるものだったから。そして、作品がアップデートされていく=未完のまま残されることに、生命の姿を重ね合わせることもできるかもしれない、なんていうことを考えていたのでした。

(閑話休題)

メモ:ただ同じように繰り返すのではなく、ちょっとずつ違う形で繰り返していく。例えば、ピアノ・ソナタの繰り返しもまったく同じようには再現しないように。そうやってフレーズを繰り返すごとに、なにかアップデートされていく仕組みを作れないか。

何年も前の冬に、過ぎゆく時間の痛みと喪失感について書いたことを思い出しました。齢を重ねるとは、秋から冬への旅路のようなものだと思っていのです。(春が来るのは、その先の話)

いま思うのは、失うものもあれば入れ替わるように得られるものもあるということ。枯れ果て朽ちていくばかりではないでしょう。私たちも、私たち自身をアップデートしていくのだ。

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