マーシャル・マクルーハンを読み返し、学生の頃に鉛筆で線を引いた箇所とは異なる点に興味が向く。

彼は芸術家を新しいテクノロジーによる変容を事前に察知するアンテナに見立てた。カート・ヴォネガットの「坑道のカナリア」とも通い合う。“super sensitive”で、弱くあり続けること。

ニュースをつける度に強くあろうとすることの弱さを見ることになる。今のこの国や世界の状況を反面教師に見立てると、弱くあり続けることの強さも見えてくるように思う。

今年も桜が咲きました。
毎年同じ花をつけているようで違う花。
年月は新たなれども人は古りゆく。