Oi-SCALE「THE LAST DAY & THE NEXT DAY ~終わりの日。それと、翌日。」試論

先日、Oi-SCALEの舞台「THE LAST DAY & THE NEXT DAY ~終わりの日。それと、翌日。」を観た。(以下、TLD&TND)

コミカルだけどミステリアスでシリアス。そんな濃密な時間だった。

もともとOi-SCALEのことを、そして脚本の林灰二さんを知ったのは、一昨年の舞台「囚人」だった。 主題歌を静かの基地の堀坂さんがバイオリンで参加したことがきっかけだった。そして舞台ではまだリリース前の静かの基地の楽曲も使われた。(その後、林さんにはCDの帯を書いていただいた。)

お芝居は虚構である、という観劇者が(あえて)認知しない部分を物語が焦点にすることで、虚構と現実という二項対立が歪められ、物語が現実の世界に重く響き渡る。「囚人」はそんな素晴らしい舞台だった。

「囚人」と企画展「WA」、そして「TLD&TND」私の観劇した3作ともに一貫したテーマがあるように感じた。 それを誤爆でもいいから、「TLD&TND」をきっかけに自分なりに言葉にしてみようと思った。


再演の機会があるかもしれないので、舞台の内容は詳細には書かないことにする。代わりに試論のきっかけを転換の音楽に求めようと思う。

「TLD&TND」の舞台転換のわずかな時間、Gavin BryarsのThe Sinking Of The Titanicが流れた。

この楽曲はタイタニック号が沈没するまで楽団員たちが賛美歌を演奏し続けた、という史実の再現である。乗員に対して救命ボートの数が少ないので、彼らは自らボートへの乗船を拒否したと読んだ記憶がある。

静謐に賛美歌のモチーフがテクスチュアを変えながら反復する。
そして耳を傾けながら想像してみる。

冷たい海の底へ沈むとは、どれだけ恐ろしいことだろう。
息ができなくなるとは、どれだけ苦しいことだろう。
何も見えない暗い谷底で死にゆくことは、どれだけ寂しいことだろう。

死んだ人や死にゆく人に思いを馳せるとき、私自身の死も意識することになる。 それは「私はもしかするとあの人だったかもしれない」という想像力だ。そして、その「誰かの死」と私は無関係ではなくなってしまう。


「囚人」と「WA」、そして「TLD&TND」に連なる通奏低音とは、このように観劇者がその話中における誰かの死と無関係ではなくなってしまうということだ。

だから林さんの演劇を観たあとは、それ以前とは異なる世界を生きることになる。有限の時間を、大切な人と寄り添おうと考えるようになる。私たちはひとりひとりの残された時間が不平等であるという事実に対し、代替可能性の想像力が立ち上がる。

そして劇場から一歩外に出たその時から、日々が鮮やかに眩しく映るのはきっと私だけではないはずだ。

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